2日目。
雪道では、誰もがヒーローになるチャンスが激増する。
ここ数日の積雪で、車社会で生きてきた私には経験の浅い、徒歩生活を強いられている。
でこぼこの、でっこぼこのスケートリンクのような道を、滑りながらひたすら歩くのだ。
そして、そこらじゅうで、雪にはまって動けない車に遭遇する。
その度に思う。
「危機意識が低すぎる」
四駆でもない車で、雪深いこんな小道に飛び込んで。
そうでもして、職場へ向かわなければならない。歴史的豪雪の中でも、そんな日本人的なモットーを捨てられない人たち。
それにも至極共感できる。
早めに済んだ仕事の帰り道、一人鍋の材料とビールを買って、うきうきしながら凍った轍を歩いていた。
家まであと3分の小道で、前を行っていた車が止まる。狭い道なので、私も後ろに止まる。
「ごめんねぇ、ごめんねぇ」
軽自動車を道路の端に停め、すれ違うワンボックスカーに声をかける、おばちゃん。
「近くやから、車停めてまたあとで来るわ!」
ワンボックスカーから聞こえた女性の声は、行ってしまった。
謝っていたおばちゃんの車は、雪にはまっていた。
私も通り過ぎようか
関係ないし
すぐそこの家の人かもしれないし
思いながら、動けない軽自動車の中を見る。
誰もいない。
運転手のおばちゃん、1人きり。
「おうち、ここですか?」
不意に声をかけてしまった。
「ぜーんぜん、ちょっと横道に入ってしまったんや、入らんときゃよかった…」
完全に1人きりだ。
今日の鍋とビールを諦めた。
「スコップ持ってる?」と聞くと
「ひとつしかないんや」とおばちゃんが車から取り出す。
辺りを見回すと、雪に埋もれて放置されたスコップ。
この近くの人のものだろう、少し借りたって怒らないと思って手に取った。
正直雪にはまった車を助けるなんて、女手ひとつではできないことは十分わかってた。けどどうすることもできないので、おばちゃんの車が行く先の、カチカチの雪を割っては放り投げた。
そこへ、見知らぬおじさん。
「はまったんか?」
おばちゃんが
「動けんようになってしもて」
おじさん「(運転)変わっか?」
仕事帰りだろうスーツ姿のおじさんは、運転席に座り、後ろへ下がれと号令を出した。
側で見守る私たちをよそに、前へ後ろへ軽自動車をスイングさせて、ついに軽自動車を元の「轍」へ戻した。
響く、おばちゃんと私の歓声。
「「ありがとうございました!」」
私も心からの感謝を言う。私の車じゃないけど。
「ほな、気を付けてね。」
立ち去るおじさんは少しだけ、舘ひろしに見えた。
ハンドルを取り戻し、何度も舘ひろしに頭を下げてから、振り向くおばちゃん。
「お嬢さん、本当にありがとうね」
「いえいえ、おきをつけて。」
スコップをもとの場所へ返し、舘ひろしに習って踵を返した。
帰り道、スコップを片手に走る女性と出会った。さっき、立ち去ったワンボックスカーの女性だった。
「あ、さっきの。さっきの車、大丈夫でしたよ!」
一緒に振り返ると、軽自動車が大通りに出るところだった。
「あら、よかった」
見知らぬ女性と、無言で同じ道を帰る。
私の家の前まで来て、気まずくて声をかけた。
「じゃ、ご苦労様でした」
女性は会釈して
「ありがとうございました」
と。
私、その人には何もしてないけど。
雪道では、誰もがひとつになれるチャンスが激増する。
それはとても小さなことで、とても日常なことで、とるに足らないことで
だけど、とても素敵なことだと思った。
家に帰って
予定通りの鍋を作って、ビールも満喫したのだ。